ありがたいことに、今年度から伊豆半島をめぐる仕事を拝命いたしました。
それに伴い、昼食は地元の飲食店をめぐり、気が向いたら記事にするという活動を行ってみることにしました。
私自身は、太りやすい体質で、外食におびえていましたが、この度お酒をやめたので、夕食のカロリーを昼食に配分することが可能となりました。
お酒をやめると言っても、まだ1週間あまりですが、この場を借りて宣言し、自分にプレッシャーを与えます。
ということで、GW明けから再開した伊豆半島をめぐる冒険。村上春樹の「羊をめぐる冒険」のようで文学的です。
今回は、伊東でのお仕事でしたので、どんより曇り雲のなぎさ公園付近を散策。
私はカロリーにおびえ切り、朝食もドライフルーツ&ナッツで乗り切り、朝食分と夕食分のカロリーを持ってして昼食に挑みました。
なぎさ公園まで15分歩き、おなかも減っております。
ただ、思うのですが、朝食のカロリーはすでに繰り越しが確定した現金的キャッシュカロリーですが、夕食分については借金的デットカロリーに過ぎません。
夕食時に返済しなければならないカロリーですから、それを肝に銘じなければなりません。
夕食を食べない、あるいはドライフルーツ&ナッツ&ヨーグルト的なものでやり過ごす覚悟が必要です。
さもないと、私はきっと雪だるま式にふくれあがった利子でカロリー破産に追い込まれてしまうでしょう。
どうでもよいことをつらつら綴りましたが、本題です。
Contents
曇り空の伊東
八歩めで立ち止まって目を開け、深呼吸をする。軽い耳なりがした。錆びた鉄条網のあいだを抜けていく海の風のような耳なりだった。そういえばしばらく海を見ていないな。
七月二十四日、午前六時三十分。海を見るには理想的な季節で、理想的な時刻だ。砂浜はまだ誰にも汚されてはいない。波打ちぎわには海鳥の足あとが、風にふるい落とされた針葉のようにちらばっている。
海、か。
僕は再び歩きはじめる。海のことはもう忘れよう。そんなものはとっくの昔に消えてしまったのだ。
羊をめぐる冒険、村上春樹
私はカロリーにおびえながら、なぎさ公園に立ち尽くしていた。
海の風は、湿気と曇りの鬱屈をはらみ、私の髪を揺らした。そして、私は気が付いた。
腹が減っている、と。
私の頭の中はすっかり文学的感覚に支配されていて、あんかけ焼きそばを食べるはずが、通りがかった古びた和風建築の前で立ち止まっていた。
「舟や」さんである。
店の前には茶トラの猫が丸い椅子の上で椅子の座面にぴったりの大きさで丸まっている。
引き戸を開けると小さなおばあさんが忙しそうにゆっくりと動いていた。
「2階にあがってちょうだいね」といっておばあさんは間断なく太極拳のような動きで料理を用意し続けていた。
2階に上がると、そこにはほの暗い世界が広がっていた。
私は最近、谷崎潤一郎の陰翳礼賛という本を読んだ影響で、日本家屋というものはほの暗いものであって、そのほの暗さの中で食べるように日本の食文化は発達してきたものである、「玉のように半透明に曇った肌が、奥の方まで日の光を吸い取って夢みる如きほの明るさを啣んでいる」色合い(今でいうくすみカラー)の日本食はほの暗い中で食べてこそなのだ、的な思想に染まっており、「そうそう、これだ、これ!」などと興奮していた。
そして、開かれたメニューには1択「昼ランチ¥2,000」のみ。煮魚、刺身、サザエ、焼き魚、ごはんセット。
なんと魚の3大調理方法がそろい踏みのセットである。
通常の人を乗用車としたら、私は原付バイクほどの容量しか食べられないので不安であったが、その一択しかないので昼ランチを注文した。
「舟や」の常連客
オーダーが済み、顔を上げると正面に店のおばあさんより若いおばあさんが瓶ビールを飲んでいた。
おばあさんは瓶ビールを上品に飲んで、上品に口を拭った。
「久しぶりに飲むとくらくらするわねえ」
と私にむかって言った。曇り空と瓶ビールと上品なおばあさんも日本家屋のほの暗さの中で発達したものなのだろう。
私の知らないほの暗い闇の中でそれらは半透明な曇りの文化を育んできたのだ。
「ここのお刺身、本当においしいのよ。私、神奈川から通ってるの」
上品なおばあさんは山盛りのアジの刺身を砂山を崩すようにさらさらと食べていった。
私は上品なおばあさんの上品なアサヒスーパードライのラベルを眺めていた。
谷崎潤一郎は陰翳礼賛の中でこう言っている。
「諸君はまたそう云う大きな建物の、奥の奥の部屋へ行くと、もう全く外の光が届かなくなった暗がりの中にある金襖や金屏風が、幾間を隔てた遠い遠い庭の明かりの穂先を捉えて、ぽうっと夢のように照り返しているのを見たことはないか。その照り返しは、夕暮れの地平線のように、あたりの闇へ実に弱々しい金色の明かりを投げかけているのであるが、私は黄金と云うものがあれほど沈痛な美しさを見せる時はないと思う」
アサヒスーパードライのラベルは、遠い遠い曇り空から漏れる光の穂先を捉えて、鈍い銀色をぽうっと発散させていた。
「さようなら、アサヒスーパードライ」
昼ランチ 2,000円
私のもとに昼ランチが運ばれてきた。
山盛りの刺身、肉厚の金目の煮つけ、口のとがった魚の焼き物、サザエのつぼ焼き、ごはん、みそ汁、漬物。
店の小さなおばあさんは、朝ごはんを炊いたのだが、保温するのを忘れてごはんが固くなってしまった。
固くなってしまったごはんはレンジで温めなおしたが、硬さが和らいだか心配だと言った。
私はごはんが固いことより、この量を食べられるかどうかの方が不安になっていた。
昨日、おじいさんは体調がわるいと言って、病院へ行った。しかし、何でもなくって家に帰ってきた。
家に帰ってきて横になっていたけれど、おばあさんはおじいさんが生きているか心配になって、
何度もおじいさんが息をしているか確認していたら、ごはんを保温するのを忘れてしまった。
おばあさんは、昼ランチと格闘している私にむかってそんな話をし続けた。
「それは大変でしたね。そんなことがあれば誰だってごはんを保温するのを忘れてしまいますよ」
と私は言った。本当にそう思ったのだ。
それにレンジで温めたごはんの硬さはそんなに気にならなかった。
料理は、山盛りのアジの刺身がおいしかった。とても新鮮でショウガが効いていた。
金目鯛の煮つけもおいしかった。肉厚で味付けも絶妙。
東伊豆では金目鯛が取れ、その金目鯛は他で食べるよりも肉厚で大きい。
食事がおいしすぎて、私は朝食と夕食のカロリーを使い果たし、すべての料理を平らげた。
こんなにすがすがしい食事は何年ぶりだろう、と思った。