吾輩は犬である。名前ははち。
前回は、だるま山高原レストハウスを出発したところで話が終わってしまった。飼い主が道に迷ったからである。
今回は、達磨山の後編をお届けする。
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【犬連れ登山】愛犬と登る伊豆の山・達磨山(982m)前編
地獄の階段
戸田峠の分岐が人生の分岐点であったなら、この飼い主は一生、人生の迷子になっていただろう。
ほとんどすべての分岐を行ったり来たりしながら、やっと達磨山の登山口を見つけた。
ヤマップがあるのにこの体たらく。我がことのように恥ずかしい。
登山口をくぐると、そこから先は修羅の道。
木の階段が、ひたすら続く。
吾輩はまだ若干一歳十一か月。主はくたびれたミドルエイジ。
この木の階段を登り切れるのであろうか。

何度も折り返そうとする主を奮い立たせ、階段を黙々と登り続ける。
熊笹が霧に濡れて、それが服や毛に滴って、びしょぬれである。
吾輩、毛が豊かなのでマダニの付着が心配。レインコートを着てくればよかったか。
ここは吾輩が一肌脱いで、率先しておばさん飼い主を引っ張ってやった。おばさん飼い主は大分助かっただろう。
「ストックを持ってくればよかったけど、はちが引っ張ってくれるから助かる」
と言っていた。
次回からはストックを持ってきてくれ。そして、軍手も忘れずに。
知らぬ間に、小達磨山
地獄のような階段の先に、眺望の何もない小達磨山というものがある。標高890メートル。
これは頂上でありながら、その姿は通過点のそのものである。
主も小達磨山を見逃していた。
いきなり下り坂になったのでヤマップを見て、
「今、一つの山登ったことになってる」
と独り言を言っている。
人生とはそういうものなのである。知らず知らずのうちに山を乗り越え、成長していくのである。
そして主は、また引き返そうとする。
「もうこれ以上、階段上るのは大変かな? だってこの階段、本番じゃなくて小達磨山の階段だったんだよ。本丸の達磨山の階段ったら、これ以上だよ。はちには無理かな? 引き返そうか」
と言っている。
吾輩のせいにしようとしている。
道に迷って無駄足を踏んだ自分が悪いくせに。
自分の除脂肪のために登っているくせに。
吾輩を理由に撤退しようとしている。
なんて恥ずかしい奴なんだ。
吾輩は主の性根を叩きなおすために進んだ。
達磨山は突然に
小達磨山を下ると、いったん車道を少し歩く。西伊豆スカイラインである。
車が通る。ここは吾輩もリードを短く持たれ、おとなしく歩く。
しばらく行くと、同じような木の階段が続く入り口がある。ここからが本番であろう。
登山口にしばらく座り、小休憩。
もう吾輩の立派な毛はどろどろになっている。
主と共に水分を補給。しばらく立てないでいる主の横に、寄り添ってやる。
「大丈夫だ。君ならやれる」
吾輩が言葉を話すことが出来たら、こう励ましてやるだろう。
ただ、言葉を持たぬものは行動で示すしかないのだ。
主を引っ張ってやろうと立ち上がると、背後に登山者。
本日初の登山者である。
吾輩はうれしくなって、その登山者の後を追おうと主を引っ張る。
吾輩は人間に目がないのである。なぜか人間が好きで仕方ない。
おい、早くしろよ。撫でてもらえなくなるだろう。
のろのろしている主のせいで、初の登山者は遠のいていく。
ああ、撫でてほしかったのに。
他の登山者を見かけたからか、主も多少やる気を取り戻し、階段地獄を登っていく。
霧が濃くて景色は見えない。
何度か小休止を挟んで、突然、頂上は現れた。
頂上では何人かがすでに休憩をしていた。
小達磨山のあの地獄階段に比べたら、ちょっと物足りないくらいの段数だったように感じる。
人生とはそういうものなのだろう。
人生の一番大変な努力は、工程の約八割のところまでで終わる。
あとの二割は、その努力の恩恵を授かって、少しの惰性でも目標を達成できるのだ。
だから、一番大変な八割のところから逃げてはいけないのだ。
そこを超えれば、だれだって簡単に目的地にたどり着くことが出来る。
パレートの法則、2:8の法則、である。

野球少年からの電話
頂上で水分補給とスペシャルおやつを堪能しようとしたところ、主の電話が鳴る。
どうやら子供が主の車に野球のバットとグローブを入れっぱなしにしていて、試合で使うから早く戻って来いとのことらしい。
とんぼ返りとは、このことを言うのか。
時刻は7時。試合開始は9時。
ほぼ2時間(迷った時間も含めて)かかった道を、それ以上の速さで戻らねばならない。
「ママ、実は、今、山の頂上にいるからすぐには戻れないんだけど。二時間はかかっちゃうかな」
と言っている。
野球少年は、自らの母親が土曜日の朝から山頂にいるという奇行を、どう感じただろうか。
さて。
鹿肉ジャーキーである。
982メートルを登り切った吾輩への、正当な報酬である。これだけは譲れぬ。
……はずであった。
電話を切った主は、リュックを担ぎ直し、「はち、ごめん、行くよ」と言った。
行くよ、ではない。
ジャーキーである。
吾輩は霧の中に立ち尽くした。
リュックの中にジャーキーはある。
たしかに、そこにある。
あるのに、出てこないのである。
主は以前、天城山の記事で「求めているときに女王はいないのです」などと、悟ったようなことを書いていた。ならば言わせてもらう。
ジャーキーは、そこにあるのだ。
あるのに、もらえないのである。
こちらのほうが、よほど残酷ではないか。
主が本気を出すとき
帰りは、登ってきた分の階段を下りていかねばならない。
一番大事なのは膝の保護である。
膝に負担がかからないように、できるだけ衝撃を和らげながら降りていく必要がある。
そう、ここで必要なのはストックである。
吾輩は四つの足で降りていけるからいいが、人間は二つの足しかないのだから、ストックを忘れるべからず。
さて、ここで驚くべきことが起きた。
あれほど「引き返そうか」「はちには無理かな」と言っていた主が、猛然と下り始めたのである。
登りは1時間52分かかった。
下りは、1時間19分であった。
33分速い。道に迷った分を差し引いても、明らかに人が変わっている。
人間が本気を出すのは、除脂肪のためでもなく、絶景のためでもなく、まして愛犬のためでもない。
子供の野球のためなのである。
吾輩は、少しだけ寂しい気持ちになった。
そして、その気持ちは鹿肉ジャーキーで解決する程度のものであることも、正直に申し添えておく。

まとめ
帰りに登ろうと、行きにスルーした金冠山は、先述の通り、急ぎの用事ができたために登ることが出来なかった。
「帰りに寄ろうね」という人間の言葉は、あてにならぬ。
5時29分に歩き出し、達磨山の山頂が7時21分。レストハウスに戻ったのが8時40分。しめて3時間11分。距離は9.3キロ(迷い道もカウントあり)。
吾輩の体力? 最後まで歩けたけど、ちょっと疲れたかな。
中型犬や小型犬のみなさんには、ちょっとハードルが高いかな?
いや、中型犬の方が体力あるのかな?
そのあたりは各々のご家庭でご判断いただきたい。
吾輩はその後、グローブとバットを届けて、お風呂に入ってしっかり洗ってもらって、うたたねを。
もちろんご褒美の鹿肉ジャーキーも堪能しました。

以上、はちの記録である。
ここからは飼い主より
前編に続いて、犬連れで達磨山に登られる方への補足です。
虫のこと
マダニですが、はちを家で洗って、ブラッシングをしたところ、やはり数匹ついていました。
ノミ・マダニの予防薬を飲んでいますが、予防薬は、虫を「寄せつけない」薬ではなく、付着したマダニを駆除する薬だそうです。
つまり、飲んでいてもマダニは体についてしまいます。
マダニの付着を予防するには、犬用の虫よけスプレーや防虫素材のウエアなんかがあるようなので、検討してみたいと思います。
マダニが媒介する主な感染症には、重症熱性血小板減少症候群(SFTS)や日本紅斑熱があります。
刺されてから数日〜2週間後に発熱、倦怠感、消化器症状、発疹などを伴います。
犬も人間と同じ感染症に感染するだけでなく、犬に特有の深刻なマダニ媒介感染症も存在します。
また、感染した犬の体液から飼い主へウイルスが感染するリスクもあるため、注意が必要です。
薬や製品の選択は、かかりつけの獣医さんにご相談ください。
足もとと車道
木の階段は、濡れているととても滑ります。今回は霧で終始濡れていました。
小達磨山と達磨山の間で、西伊豆スカイラインの車道を少し歩きます。
車とバイクが速度を出して通る道なので、この区間はリードを短く持ってください。
持ってくればよかったもの
ストック、軍手、そして犬用のレインコート。
霧に濡れた熊笹の中を歩いて、はちはびしょ濡れになりました。
最後にひとつ
はちはパレートの法則の使い方を間違えていますが、本人が譲らないのでそのままにしてあります。