三島での所用が早めに終わり、思いのほか時間ができたとある週末の昼下がり。ふと思いつき、伊豆箱根鉄道駿豆線(以降、いずっぱこ)を走る新しい踊り子号(E257系)に乗車してみることにしました。特に修善寺に用事はなかったのですが、わざわざ普通列車で修善寺駅まで赴いてから始発の踊り子に乗車するという、鉄道ファンにも一目置かれかねない気合いを入れ、やや曇り気味の空の下、踊り子号に揺られてまいりました。
乗車券・特急券は修善寺駅の窓口にて購入です。事前に調べた情報では新型踊り子号は全席指定とのことでしたので、好みの席を聞かれるかと思いきや、何も言わずに黙々と発券を始める窓口の駅員さん。なにかおかしい…、事前調査の結果に自信を失いつつも「あの、座席の指定を…」と切り出し、進行方向左手を希望すると伝えたところ、「えっ、山側ですか!?」と、まるで「えっ、カレーに福神漬け入れないんですか!?」のごとき反応をされてしまいました。
修善寺駅はとても綺麗です。お土産も充実していました。
恐らく、踊り子号は相模湾に出てからの海側が”定番”だということなのでしょう。伊東線・伊豆急行線を走る踊り子号はずっと海を眺めながら走るので確かにそうかもしれません。しかし私は山側に座りたいのです。駅員さん、せっかくのお気遣いに報いることができず、申し訳ございません。
伊豆半島は大半を山間部が占めておりますが、ちょうど平野部との境界となる修善寺〜三島間には知名度は低いながらも地元から愛される個性的な山々が点在しています。ということで今回、特にいずっぱこの西側沿線に鎮座する山々を鑑賞するために、人気のない進行方向左手を選んだというわけです。
何はともあれ、修善寺駅内のコンビニと売店で旅のお供(ビール)と自分へのお土産(日本酒)を調達し、満を持して新型踊り子号に乗車です!
電車旅なら飲酒運転の心配もなし。
さて、山の前にお目当ての新型車両はというと、写真の通り、新幹線の雰囲気に近い内装になっています。同じ観光地を走る特急であっても、近頃流行りの有名デザイナーによる観光列車とは別物です。また、踊り子号としては新型ですが節々に使い古された様子があり、どうもピカピカの新車というわけではないようです。
扉上部の電光掲示板も新幹線そっくりです。
利用客のターゲット層にも思いを巡らせてみましょう。純粋な東京-修善寺間の移動手段として考えると、新幹線という強力な競合相手がいます。三島駅乗り換えという手間は発生するものの、新幹線の方が安くて早くて運行本数も圧倒的なので分が悪いです。先代の踊り子号であれば、少し古臭い感じが逆に新幹線との差別化要因になっていたかもしれませんが、新型踊り子号は新幹線に対する優位点を見出すのが難しいですね。
踊り子号 | 新幹線 |
運賃:4,610円 所要時間:約2時間15分 運行本数:2本/日 |
運賃:4,590円 所要時間:約1時間45分 運行本数:41本/日 |
比較表の前提:新幹線は所要時間はこだま基準、三島-修善寺間は普通列車利用、本数は三島駅発のものを使用
とすると、新幹線駅が遠い神奈川県の湘南・県央地域の住民が主なターゲットになるでしょうか。在来線であれば発生する、熱海駅や三島駅での乗り換えが不要なので、とにかく修善寺起点で旅を始めるため、その間はなるべく楽に移動したい!という顧客層がメリットを享受できるのかもしれません。
…と、差し出がましくも踊り子号のビジネス面について物思いにふけってしまいました。コロナ禍とは言え、週末にもかかわらず席はガラガラでしたので、踊り子号の行く末に一抹の不安を感じずにはいられなかった次第です。
さて、気を取り直していよいよ出発、ここからは沿線の山々について紹介していきます。さっそく視界に入ってくるこの迫力満点の岩山は城山(じょうやま)です。特徴的な岩肌ではロッククライミングも行われるそうで、登山道も整備されています。今回とは逆方向の、修善寺行きの列車に乗っているときに城山が見えてくると”そろそろ終点だな〜”と思わせてくれる、ランドマーク的な山です。最寄り駅は大仁(おおひと)駅で、踊り子号も停車します。
大仁といえば城山、大仁ホテル、そして…アピタ大仁店!
城山の背後からじわじわ現れてくるのが葛城山(かつらぎやま)です。この界隈では最も観光地として開発されている山ではないでしょうか。「伊豆パノラマパーク」としてロープウェイが整備されており、山頂には「碧テラス」という展望台があります。ちなみに、「伊豆の国パノラマパーク」だと思っていたのですが、つい最近(2021年7月)リニューアルされて名称が変わったようです。私は中学生の頃に遠足で登った経験があり、下山時にダッシュを試みた友人が転倒・負傷するという大惨事と共に深く記憶に刻み込まれております。当時は「かつらぎやまパノラマパーク」と呼ばれていました。
右側が葛城山。山頂に届くロープウェイが目立ちます。左側は先ほどの城山。
葛城山を過ぎると伊豆長岡駅に到着です。先般、世界遺産として登録された「韮山反射炉」が大々的に宣伝されています。「韮山駅」という駅が隣にあるのですが、反射炉への最寄り駅は伊豆長岡駅なので要注意ですね。ちなみに、韮山駅には韮山時代劇場という文化センターが隣接しており、2022年大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の展示施設ができるそうです。踊り子号停車駅ではないものの、一歩足を伸ばしてみる価値がありそうです。
ここは韮山駅ではなく、隣の伊豆長岡駅です。
伊豆長岡駅を過ぎると、なにやら山頂付近に小屋のようなものが建っている小ぶりな山が見えてきます。これは守山(もりやま)です。山頂の小屋は展望台となっており、北側を向いているため富士山も眺望できます。守山のふもとには、源頼朝・北条氏ゆかりのお寺であり、かの有名な運慶作の仏像(国宝!)が安置されている願成就院(がんじょうじゅいん)があります。この近辺も大河ドラマのスポット巡りには外せないエリアになりそうですね。
山頂やや右に見える小屋が展望台です。
守山を過ぎた辺りから徐々に田方(たがた)平野が開けてきて、山々も次第に沿線から遠ざかっていきます。最後に間近に見える山が茶臼山(ちゃうすやま)、その隣が日守山(ひもりやま)です。
中央に茶臼山、左端が日守山、遠くに愛鷹山と富士山。
茶臼山は「沼津アルプス」の終点でもあります。沼津アルプスとは、沼津市街地に近い香貫山(かぬきやま)から、この辺りまで連なる山々で、さほど難易度は高くないものの、なめてかかると痛い目を見るという登山愛好家には有名な登山ルートなのだそうです。日守山の山頂には「日守山公園」があり、地元民の憩いの場となっています。ふもとには駐車場もあって、気軽に登れる山として親しまれています。
沼津アルプス。沼津市街地に向かい、右手方向にさらに続く。
伊豆長岡駅の次の踊り子号停車駅である大場駅を過ぎると、もう車窓から伊豆の山々は見えなくなってきます。さらにその次の三島田町駅辺りからは三島の市街地に入り、間もなくいずっぱことしては終点の三島駅に到着です 。修善寺〜三島間の所要時間は約25分、あっという間の旅路でした。
ということで、新型踊り子号から眺めた、いずっぱこ沿線の山々を紹介してきました。皆さんもたまには童心に帰り、窓にへばりついて車窓を眺めてみるのはいかがでしょう。また、どれも気軽に登れる山ですので、観光ついでに日頃の運動不足解消、というのも良いですね。
最後に、修善寺駅の窓口で対応してくれた駅員さんも、きっとこの記事を読めば心をあらため、お客さんに希望の座席を尋ねてくれるようになることでしょう。