去る2月某日、河津桜まつりに行くことにした。たまたま数日前に大盛況の熱海梅園の前を通ったこともあり、早春らしいイベントに行って混雑を楽しむのも悪くないだろうと思ったのだ。
もちろん熱海梅園も候補として挙がったのだが、駅からは多少距離があり駐車場は満車に違いないので、駅からのアクセスが良く全国から観光客が集まる河津桜まつりをひと目見てみようということになった。
電車の旅
我が家は5人家族で幼児もいる。車移動が便利であることは疑いようもないのだが、河津も駐車場は大混雑だろうと思い、非日常を味わうという意味でも普段あまり使わない公共交通機関で行くことにした。
とはいえ時間短縮のため、近くの駅までは車で行って、そこから電車移動することにした。いわゆるパーク・アンド・ライドである。横文字で表現すると何となく賢いことをしている気分になる。
さて、個人的にJRの穴場駅と思っているのが函南駅である。駐輪場は無料だし、駐車場もある程度整備されているので便利に使っている。三島駅のように周辺で渋滞など発生しないこともポイントが高い。
そんな軽い気持ちで函南駅に到着したのだが、なんと駐車場はどれも満車となっている。以前、熱海の花火大会に同様なルートで行った際も満車となっていたが、さすがに隣駅である熱海で実施される大イベントであれば納得もするものの、そうでもない日にこんなことになっているとは想定外であった。
今回は運よく目の前で1台出て行ったので、何とか駐車することができた。天気の良い週末はいつも混雑しているのか、この週末だけの偶然であったのか、今後のためにちょくちょく函南駅前を偵察しなければならないなと思った。(多分すぐ忘れるが)
駐車場待ちをしている時間はロスタイムとなってしまったが、まだ昼頃に河津に到着するためには余裕がある。念のため早めに出てきて正解、と自画自賛をしているのも束の間、次の災難が降り掛かってきた。

満席の悪夢
函南駅の窓口で熱海から乗る踊り子号の切符も買ってしまうというシンプルかつ完璧なプラン。踊り子何号を狙うかもネットで調査済みなので、何も迷うことはない。大きな駅の窓口の駅員さんと比べると当初はやや頼りない様子であったが、さすがプロ、我々がどうやら河津の桜まつりに行くのだろうということを察し、手配を始めてくれた。
ここまでは良かった。続いて駅員さんから出た一言が全くの想定外であった。
「満席ですね。」
確かにこれまでの人生で踊り子号をどれだけ使ってきて、どれほど知見があるかと言われれば大したものではないが、過去数回使ってきた経験として混雑によって席の確保に困るといったことは皆無であった。
私の数少ない経験だけではなく、JR東日本の近年の動向から推察しても、例えば車両は無機質な通勤特急のようなもの変わってしまったし、ちょっと高級感のあるサフィール踊り子をデビューさせてテコ入れを図ったりなどしていることから、大盛況で順風満帆とは言えないだろうと失礼ながら思っていた。
そんな無礼な態度への天罰なのだろうか、「満席」という仕打ちが待っていたとは。もちろん、多少時間を遅らせても良いからと駅員さんにお願いしても、もう昼の時間帯は全て満席なのだという。
駅員さんも苦笑いで「もう普通列車で行った方がいいですね」と。そんなやり取りをしている私の後ろには一つしか無い窓口への待ち列ができてしまっており、もはやこれが引き際かと、三方ヶ原の戦いで敗戦を喫した徳川家康公の気持ちに思いを馳せながら普通列車の切符を発券してもらった。
これで所要時間が長くなることさえ覚悟すれば問題は無くなった…かに思えた。
席の争奪戦
函南駅から熱海駅まで東海道線で移動し、熱海駅で伊東線への乗り換えだ。河津までの所要時間が長いこと、子連れであることから、何とか席に座りたいと思い、伊東線ホームへの移動も小走りになる。
先頭には並べなかったものの、楽しげにこれからの旅についておしゃべりしているおばちゃん3人衆の後ろに2番手として並ぶことができた。おばちゃんたちも「普段満員電車で揺られているのに休日まで混雑した電車に乗るのは嫌ねえ」などと話している。全くそのとおりだ。休日くらい全てにおいてゆったりした電車の旅を満喫したかった。
伊東線の列車がホームに到着するまで10-20分くらい待ったであろうか。我々の背後にも一人また二人と旅行客が並びはじめ、気がつくと伊東線のホームが人で埋め尽くされるほどになっていた。
こうなると2番手に並んでいるからと油断はできない。隣のドアから乗る乗客がライバルとなってくるし、1番手であるおばちゃん3人衆がどれほど速やかに車内に入ってくれるかが鍵となる。ここへ来て、おばちゃんたちが重そうなキャリーバックを引いていることが不安になってきた。
ようやく伊豆急下田行きの列車が入ってきた。車庫から出てきたものではなく、折り返し運転となるものだ。つまり、列車から降りてくる乗客のスピードも席取り成功確率のさらなる変数として加わることになった。隣のドアの乗客の方が早く降りきった場合、我々のドアの方がタイミング的に不利になるわけだ。
進入してきた列車が止まり、決戦のドアが開いた。降りてくる客も早く目的地に行きたいのだろう。決してのんびり出てくるわけではないが、私の目には、もはやスローモーションに見えてしまう。
降りてくる人も次第に減っていき、車内へ入り込めるくらいの隙間も現れてきた。しかしおばちゃん3人衆はマナーがなっている。全員完全に降りきるまで乗り込まない様子だ。キャリーケースを引っ張っていることも一因だろう。
さて、いよいよ緊張の一瞬が訪れた。おばちゃん3人衆がようやくスタートを切り、列に並んでいた客が一斉に車内になだれ込む。隣のドアも同じようなタイミングで動きがあったようであり、こちらが不利になることは無かったようだ。まだ油断はできない、急いで席の確保に向かった。
…結果、ボックス席を丸ごと確保することはできず、一家離散を余儀なくされたものの、無事全員席に座ることはできた。足腰の悪そうな客も周囲に見当たらず、席を譲る必要もなさそうだ。行列していた客が全員入りきったあとの混雑具合は相当なもので、おばちゃんが言っていた”休日なのに通勤電車”そのものだ。

伊東線の列車は普通列車であっても情景に配慮し、海側にボックス席、山側はベンチシートで海方向がよく見えるというレイアウトだ。山側に座ってしまった私は満員の乗客のせいで見通しは悪かったが、そんな贅沢は言っていられないだろう。何はともあれ、これで河津への道は開けた。
到着
個人的には普段から長距離通勤は慣れているとはいえ、函南駅に着いてから、どれほど長い時間この瞬間を待ちわびただろうか。何回か踊り子号に追い越されつつ、ようやく我々の普通列車が河津駅に到着したのだ。
さすが全国にその名を轟かせる河津桜まつり。多くの客がここで降りていく。ホームは降車した客で溢れかえり、2階のホームから1階の改札に降りていく階段も大混雑だ。
これで電車移動についての難所を全て乗り切ったと思ったら大間違いだ。往路でこれだけ満車だったのだから、復路も当然に混雑していることだろう。今のうちに復路の切符も買っておくに越したことはない。幸い、きっぷ売り場に行列はできていない。
河津駅は始発駅ではないため、普通列車で帰るのであれば座席を確保できる可能性は低い。あえて下田駅まで移動するとか、腹をくくって遅い時間まで滞在し人の移動が減るのを待つか。そんなことを考えながら駅員さんに恐る恐る復路の踊り子号に空席があるか聞いてみる。
駅員さんに問いかけた直後に気づいたのだが、踊り子号の予約状況を示すディスプレイには✕印が並んでいる。駅員さんは空席状況を調べてくれてはいるが、もはやこれまで、という絶望感が漂う。
駅員さんから「どこまで行かれますか?」と問われる。そんな事を聞いて何になるというのだ。どうせ✕印で埋め尽くされた列車である。函南駅でのやり取りがフラッシュバックする。「熱海までです。」と素直に応じると、駅員さんから想定外の解が示された。
「伊東駅までなら空いてますね。」
察するに、伊東駅から乗車する客の席が河津〜伊東間であれば空いているということなのだろう。東京まで踊り子号で行こうというのであればお勧めしないが、伊東〜熱海間はさほど距離が無いので全工程中ほとんどの距離を座って早く移動できるというわけだ。
素晴らしい提案である。この窓口の駅員さんは地獄に落ちかけた観光客に蜘蛛の糸を垂らすお釈迦様だ。二つ返事でこの提案を受け入れ、帰りの切符を無事に入手した。あとは桜を満喫するのみである。ようやく肩の荷が下りた。

河津桜まつり
河津の桜がいかに素晴らしいか。あえて私がこの記事で詳細に記載するまでもなく、世の中には多くの便利な情報が発信されているであろうが、ほんの少しはお伝えさせていただきたい。

まず駅から歩いていくと、ほどなくして河津川に着く。この河津川沿いに並ぶ桜並木が圧巻なのである。
桜並木沿いにはところどころに屋台が並んでおり、お祭りでよく見かけるメニューだけでなく、地元で穫れた新鮮なみかんを絞ったジュースや、期間限定の桜をあしらったビールなど、観光気分もお腹も同時に満たしてくれる充実ぶりであった。


駅は海に近いところにあるので、そこから山の方に向かって桜を眺めながら河津川沿いを歩いていくことになる。
これが結構長大な距離であり、配られていたマップに書かれていたエリアの中において最も上流の方まで歩いていったのだが、途中屋台なども満喫しながらであったため1時間くらい掛かったであろうか。いい運動にはなったが、小さい子には少し厳しかった。

それでも苦労した甲斐はあって、マップの端の方にある涅槃堂(ねはんどう)の桜見晴台と呼ばれる高台からの眺めは絶景であった。天気の良さも相まって、素晴らしいお花見となった。
帰路
ご当地グルメに目がない私としては、帰り際に駅前のスーパーあおきで買った肉チャーハンが嬉しかった。何を隠そう、静岡県東部に広く展開しており、一時は首都圏にも進出していたこのスーパーあおきは河津発祥なのである。この肉チャーハンも東伊豆のご当地メニューということもあり、社長肝いりの商品なのだそうだ。

通勤列車では非難轟々かもしれないが観光列車なら許されるだろうと思い、お釈迦様から与えられた伊東駅までの踊り子号の中でこの肉チャーハンを堪能させてもらった。
そういえば、まだ独身で身軽であった頃にはバイクでふらっと無計画に肉チャーハン発祥の店までこれを食べに行ったな、などと思いながら。

さいごに
この記事を書いている3月8日で2026年の河津桜まつりはもう終わりとなってしまうが、この集客力の高さには本当に恐れ入った。現地では道路も大渋滞していたので、やはり公共交通機関で行ったことは正解だったのだろう。
踊り子号が満席になるとはよもや思っていなかったが、有名イベントの前には周到に計画を立てていくべきであったと反省しきりである。そして、せっかく踊り子号を事前に予約していくのであれば、お花見と合わせて近くの温泉旅館に泊まってゆっくりしていくのが定石だったのだろう。いかに同じ伊豆エリアとはいえ、やはり三島から河津は遠かった。
これからソメイヨシノなどの開花も始まる。せっかく日本に住んでいるのだから、まだまだ2026年の桜を満喫していこうと思う。