今回は、おだし香紡の沼田 行雄 (ぬまた ゆきお) さんにお話を伺いました。
はじめに
伊豆の地でおよそ90年、おだしの卸売業を営んできた㈲沼田。そんな㈲沼田が三島で運営するおだし専門の小売店である”おだし香紡”について、創業から数えて4代目に当たり、次の世代を担う後継者として変革を主導している沼田行雄さんにお話を伺った。

おだし香紡とは
おだし香紡は三島駅からほど近い高台の住宅街にあり、工場併設の店舗としておだしの小売販売を行っている。美しい毛筆体のロゴが入った看板やあんどんが掲げられており、道路を走っていてもよく目に留まる。たまに店舗の前を通る方にとっては”前からちょっと気になっていたお店”…ではないだろうか。

入口に吊るされた西伊豆名物”潮かつお”にも目をやりつつ、店内に一歩足を踏み入れると、やさしいおだしの香りに包まれる。コンパクトな店舗ではあるが、扱っている商品はおだしのみ。品揃えは相当なものである。
「ここでは80種類以上のおだしを扱っています。私が調べた限りでは日本一なんですよ。」

種類が多すぎて迷ってしまいそうなものだが、冷静に眺めてみると陳列や表示が実にうまく工夫されていることに気づく。まずは初心者でも馴染みのある”四大おだし”として、昆布・削り節・煮干し・乾し椎茸、と並んでおり、そこから次第に細分化されていくという構造だ。商品ごとに適した料理の一例が写真で掲示されているのも分かりやすい。

「お客様の作りたい料理に合わせて最適なおだしをご提案できるようにしています。」
単純に松竹梅のように商品のグレードに優劣をつけるのではなく、おだしの濃さを”上品、基本、濃厚”の3種類に分類することで目的に合わせた商品に辿り着くことに重点を置いている。陳列の工夫も見事だが、スタッフによる親身なアドバイスを聞きながら選べることが何よりも心強い。
また、削り節のような伝統的なおだしだけではなく、粉末だしやだしパックなど、加工して使いやすくした現代的な商品も取り扱っている。おだしの専門店と聞いて、自分には敷居が高いのでは…と思ってしまう方でも気軽に本格的なおだしを手に取ることができるというわけだ。
こだわり
もちろん、やみくもに商品の種類を増やしているわけではなく、それら一つ一つに深いこだわりを持っている。
伊豆には豊富な海の幸、山の幸があるのだから、仕入れは地元で完結しているのだろうと思いきや、日本全国から幅広く最高品質のものを調達しているそうだ。
「例えば昆布であれば北海道ですね。利尻昆布は”島もの”と呼ばれる利尻島と礼文島で採れるものにこだわっています。地元の食材を使っているのは乾し椎茸ですね。伊豆で取れる原木椎茸のみを使っています。」

意外だったのは鰹節である。静岡県内でカツオといえばまず焼津が思いつくが、こだわりは鹿児島産のものだという。
「鰹節は鹿児島の枕崎や指宿産のものを中心に仕入れています。鹿児島産のものは全国的な品評会でも多く賞を取っているんですよ。」
このように品評会で賞を獲得したものを選ぶこともあれば、人とのつながりで辿り着いたものを選ぶこともある。
「どじょうは長良川で獲れたものを仕入れています。これは長良川で川漁師をされている方から仕入れると決めているんです。宮内庁の鵜舟船頭をされる家系の方で、すごくこだわりの強い方なんです。どじょうだけでなく、鮎やアマゴなどもその方から仕入れさせてもらっています。」

”どじょう”というだけでも珍しさを感じるが、その川漁師さんとは東京で行われたイベントでたまたま出会ったことがきっかけだったという。
「フードフェスティバルのようなイベントで初めてお会いして、そこから話が盛り上がって仕入れさせてもらうようになったんです。そんな一つ一つのご縁を大切にしています。」
このように、食材にこだわり、本当に良いものを提供することはおだし香紡にとって決して妥協が許されない信念である。
「やはり品質ですね。個人の職人さんが丁寧に作るものを扱っているため、生産量にはどうしても限りがあります。ただ、だからこそ、無理に規模を広げるのではなく、品質を守ることを大切にしています。」
それだけこだわり抜いた商品の数々であるが、店頭に並ぶ商品は意外にも十分に普段使いができる、手に届きやすい価格となっている。
「品質以外の、流通の仕組みなどを工夫することで価格はできる限り抑えられるようにしています。スーパーで売られているようなものと比べると少し高くなってしまいますが、価格差以上に高品質なものになっています。”ちょっと高いけどはるかに良いもの”というのが私たちの商品です。」

品質にこだわる姿勢の一つとして、仕入れた食材に自信を持てない商品があった場合は決して店頭に並べないようにしているそうだ。
「商品によっては一時的にご用意できないこともあります。本当に美味しいものでなければ売らないと決めているからです。今の時代、おだしを丁寧に取る機会は減ってきているじゃないですか。特別な時しかおだしを取らないのにせっかくおだし香紡で買ってきたものが美味しくなかったりしたら、ひょっとしたらもう二度とおだしを取ってくださらなくなると思いますし、そんな形でお客様を裏切りたくはないんです。」
温かい接客と”おだしコンシェルジュ”
おだし香紡がこだわるのは商品のみではない。お客様との大切な接点となる従業員の知識や能力にも高いレベルを求めている。
これだけ多くの商品を扱っている中で、それぞれのこだわりや最適な提案を陳列の工夫や説明文だけで伝えることは容易ではない。来店されたお客様ひとりひとりに対する丁寧な接客も重視している。
今回、行雄さんに多くの商品を説明いただいたが、どのような料理にどのようなおだしを使うべきか、具体的なイメージがありありと湧いてくるものであった。
「80種類ものおだしがありますと、なかなかどれを選んでいいかわからないというお客様が多くなってきます。例えば”削り節”といっても普通は鰹節を知ってるぐらいだと思うんですが、実際にはもっと多くの種類があるんですよね。煮干しにしても30種類以上もありますし。」
我々が取材させていただいている間にもお客様が何人か来店していたが、店長のみち代さんが穏やかな笑顔と丁寧な説明で接客されていた。商品を販売すること以上に、込められた思いを伝えるということに余念がない。

お客様にとって最適なおだしを提案するためには、作りたい料理や好みだけでなく、お客様の出身地まで聞くこともあるそうだ。
「うどんを作る時も”関西風”と”関東風”って言いますよね。関西は煮干しが、関東では鰹節が使われることが多いです。お正月に作るお雑煮なんかも関東であれば鰹だしなんですけど、九州だと焼きあごのおだしなんですよ。そういった知識をちゃんと備えておかないといけないんです。」
さらに、おだしに不慣れなインバウンド客への提案もよく考えられている。
「外国からのお客様もいらっしゃいますね。特に内陸部の方は魚臭さを気にされるので、鰹節よりも魚臭さが少なくて、世界的に”Tuna”として親しみのあるマグロを勧めたりしています。」

言葉による説明だけでなく、味を確かめてみたいというニーズもあるだろう。おだし香紡では試飲・試食のサービスも提供している。まずは日替わりだしのお味噌汁試飲サービスである。80種類もの中から毎日1種類のおだしを選んでお味噌汁を作っており、来店されたお客様に試しに飲んでいただこうというものだ。

そして、煮干し類については試食サービスも行っている。さば煮干し、かえりいわし煮干し、あかえび素干しといった煮干し類が3種類用意されており、その場で乾煎りして試食することができる。おだしというとだし汁にして飲むという考え方が一般的かもしれないが、料理の具材としても大いに活用できることに気づかされるだろう。

こういった接客のレベルをさらに引き上げていくため、おだし香紡では”おだしコンシェルジュ”という制度を定めている。
「まずはちゃんとした資格試験があって、それに合格しないといけない。さらに”おもてなしの心”もしっかり持って接客できているか、という点も評価します。それらを乗り越えてようやくおだしコンシェルジュを名乗ることができます。」
おだしコンシェルジュに認定されることは簡単ではない。勉強する本人だけでなく、会社としても従業員の教育には時間をかけた支援が必要だ。結果として、おだしコンシェルジュとして認定された従業員はまだほんの一握りに限られているとのことだ。
伊豆との縁
今は三島に店舗を構えるおだし香紡であるが、創業の折から伊豆とは切っても切り離せない縁で繋がっている。おだし香紡を運営する㈲沼田は熱海で創業した。
「旅館や飲食店さんに和の食材を届けるというお仕事、これが会社の始まりだったんですよね。今の社長は私の父で3代目に当たるんですが、初代は茂雄という人物です。元々は今の熱海市にある網代でカツオ漁船に乗っていたようなんですが、ある時から鰹節の販売をするようになったんです。」
鰹節の販売を始めてから徐々に取り扱う商品が増えていき、熱海を拠点として伊豆での地盤を固めていったのだそうだ。
「鰹節というのは削ってからどんどん香りが落ちてきてしまうんですね。当時は真空パックなんて存在しない時代ですから、1日2回は納品しなきゃいけない。となるとお客様の所に朝行って夕方もまた行く。次第に板前さん、料理長さんとも仲良くなって、毎日来てくれるから煮干しも仕入れよう、昆布も仕入れよう、という流れで扱う品数、取引きがどんどん増えていったんだそうです。」
このような形で事業が始まったのは今から90年ほど前の1934年。当時から温泉旅館の多い熱海であったからこそおだしの需要も多くあり、事業拡大の基盤になったと言えるだろう。

その後、取引先は伊豆全体の旅館に広がっていき、1980年代、2代目の時に熱海から函南に移転し、有限会社沼田を立ち上げた。さらに現在の拠点である三島に移転してきたのは2000年代に入ってからだ。
「今から約20年前ですね、函南から三島に移転してきました。移転の理由は箱根エリアのお客様が増えてきたこと。元々の伊豆半島方面のお客様と箱根エリアの新しいお客様、どちらにもアプローチしやすい立地ということで三島に拠点を構えることにしたんです。」
この移転を機に始めたのが小売店であるおだし香紡だ。
「当時から”家でおだしを取る人が減ってきているよね”という話をしていたので、一般のお客様にもっと近い距離でおだし文化を伝えていく手段としておだし香紡を始めたんです。」
実は昭和初期から続く長い歴史の中でも、小売店という業態への挑戦は初であった。また当時は三島における人脈が皆無であったことから、足下の地盤を固めるために多くの努力を重ねてきた。
「移転当時、強く印象に残っているのは三島駅で乗ったタクシーの運転手さんに”おだし香紡まで”とお願いしても伝わらなかったこと。まずは地元での知名度を上げなければと思いました。三島商工会議所さんには大変お世話になりましたし、今でも地元の企業さんとは積極的に連携させてもらっています。」
(後編に続く)
■ 会社・店舗案内
おだし香紡
〒411-0030 静岡県三島市 西旭ヶ丘町4041-2
https://odashi-koubou.com/