今回は、おだし香紡の沼田 行雄 (ぬまた ゆきお) さんにお話を伺いました。
【前編はこちら】
デジタル発信力
おだし香紡のWebサイトはとても洗練されている。見た目の美しさもさることながら、おだしを使ったレシピやおだしに関するコラムなど、非常にまめに更新されている。専門の業者に依頼しているのでは?と思われるかもしれないが、自社内のみで管理をしているのだという。
「私自身のバックグラウンドとしてIT系の勉強や仕事をしていた経験があるので、簡単なものだったら自分でできるんです。プロが使うような良い一眼レフも買ったんですよ。まず何より写真はいいものを撮らないといけないと考えたので。」
最低限の情報さえ準備すれば形だけのWebサイト運営なら外部業者にも委託できてしまう時代。それを自前で行うという意図は何処にあるのだろうか。
「そもそもWebサイトそのものは手段でしかなくて、大切なのは中に込められているメッセージなんです。そういった世の中に”刺さる”ものを作ろうとしたときに、外部に委託して記載内容や表現方法についてのやり取りに時間を費やすよりも、社内で直接管理したほうがコストも含めて総合的にメリットがあると考えたんです。」

特におだしという伝統的な業界において、このように洗練されたWebサイトやコンテンツは際立つものがあるようだ。インターネット経由で仕事の依頼を受ける機会も多いのだという。
「これが予想以上に効果的で、2018年6月に「まいにち、おだし。」というおだしの情報サイトをオープンして、1ヶ月と経たずに首都圏の大きな自治体さんから”学校給食に携わっている栄養士向けにおだし講座を開いてもらえませんか?”と依頼が来たんです。それ以降も、おだしを活用する方法の講座など、ネット経由で多く依頼をいただいています。」
見栄えだけ整えたWebサイトではなく、本当に世間に伝えていきたい強い想いを持っており、それらを継続的に発信していくという決意と努力があってこその反響なのだろう。
「自社サイトでだしの魅力をひたすら発信し続けていると、興味を持ってくれた方が声をかけてきてくださるんです。私たちは営業活動にかけられるリソースも限られているので、非常にありがたいんですよ。おかげさまで新しい取引先が増えただけでなく、オリジナル商品の開発といった話も多くいただいています。」
このような引き合いから始まる商品開発において、特に異業種とのコラボは新規性が高く、興味を引くものが多い。
「コーヒー専門店さんとコラボしてペーパードリップでだしを取るというイベントをしたりとか、旅館さんでは夕食の最初にいくつかおだしを飲んでいただいて一番気に入ったもので〆のスープを作るという体験会もしました。面白いところだとウイスキーですね。意外と思われるかもしれませんが、鰹節は燻製にして作るので、スモーキーなウイスキーと相性が良かったりするんです。」
おだしの専門店というと、どこか堅苦しいイメージを持たれるかもしれないが、新しいものへの挑戦に躊躇はない。おだしに含まれる”うま味”というのは基本的に下味であることから、料理系であれば幅広くコラボできることも強みなのだという。
「異業種とコラボすることで今までに無かったおだしの可能性を見つけ出したいですし、そういった取り組みはテレビも含めてメディアの方も色々と取材してくださるんです。」
おだし講座
おだし香紡が提供する”出張出汁講座”。おだしの取り方や基本的な知識などを伝えるものだが、講義だけでなく実際に体験することでおだしに関する深い知見を得ることができる。
幅広く準備された様々な講座を組み合わせることで依頼内容や時間に合わせたカスタマイズができるという利便さもあって、引き合いも多いのだという。また、世間からのおだし、あるいは日本食に対する強い関心も人気の背景にあるのだろう。
「2000年頃に、うま味を感じる仕組みが科学的に明らかになったんです。1900年代の頃から東京大学の池田菊苗先生という方によって提唱されていたんですけど、それを検知する器官が人間の舌にあることを証明しなければいけなくて、それがようやく2000年代になってアメリカの学者によって発見されたんです。おだしに注目が集まった出来事ですね。」
さらに2013年にユネスコの無形文化遺産として和食が登録されたことは、おだしが海外からも注目される機会となっただろう。近年増えているインバウンド客の中でも特に富裕層に属する人たちは、そのような深い日本文化に興味を示す傾向にあるようだ。一方で、もちろん地元からの引き合いにも積極的に対応している。
「地元でのイベントであれば、伊豆の乾し椎茸について伊豆市さんから依頼をいただいたことがありましたね。日本で2番目の生産量があるんですけど、これで世界と戦えるのか?というワークショップとして実施しました。伊豆市長さんも交えて、伊豆産椎茸の可能性について議論したんですよ。」

このように和食やおだしが関心を集める中で、出張出汁講座は子供向けの食育、給食関係者向けの教育、日本食イベントなど、多くのニーズがある。また、地元の小学校からインバウンド向けまで、幅広い層に学びや発見を提供してきた。
皆さんも、会社や地域のイベントとして出張出汁講座をご検討されてはいかがだろうか。
科学に裏付けられた品質
テーマがおだしということもあり、インタビューも基本的には料理に関する話が中心ではあったのだが、よくある大衆向けの料理番組などとは異なり、行雄さんのお話には科学的な視点が必ず織り込まれていた。
「鰹節の香りは70℃を超えると揮発しやすくなる、という研究結果があります。一方で、うま味は80℃前後でもっとも抽出されやすいという報告もあります。さらに、それ以上の温度で煮出すと、タンパク質や脂質も溶け出し、コクのあるおだしになります。つまり、香りを重視するなら70℃、うま味を重視するなら80℃、コクを重視するならしっかり煮出すのがおすすめです。」
…といった具合である。
これはほんの一例ではあるが、全般を通じて学術誌に掲載された論文や実験結果のグラフを引用してお話されており、何かしらの学会にでも来たかのような錯覚を覚えた。それとともに、行雄さんのおだしに対する向上心や勉強熱心な姿勢が伝わってきた。中でも特に興味を惹かれたのは海外のスープとの比較についてだ。
「海外にもだし文化というのはあるんですよ。フランスのブイヨンとか中国のシャンタンって聞いたことありますよね。ただ中に含まれている成分を見ると(グラフを示しつつ)日本のおだしとの差は一目瞭然で、日本のおだしはうま味だけがシンプルに、海外のものは苦味、酸味や甘味といった色んな味が含まれているんですよ。」
つまり、海外ではどういった素材を何対何の割合で混ぜていくかというレシピが伝統の味として受け継がれているのに対し、日本は鰹や昆布といった素材本来の味がそのまま伝統の味になる。つまり素材を作る職人さんの技術を受け継いでいくことが重要になるのだそうだ。
このような行雄さん自身が勉強した内容はWebサイト内で運営しているコラム、”まいにち、おだし。”にも記載されている。文面に起こすことにより、お客様への情報発信だけでなく、自身の知識の整理、さらには従業員への教育という効果も期待できるのだそうだ。

100年企業のリーダーとして
行雄さんの思考が科学的な根拠に基づいているのはおだしについてだけではなく、ビジネス面でも同じだ。自社の強みや特徴をよく分析し、最適な戦略を立てて経営に取り組んでいる。海外への留学、MBA取得や大手IT企業、コンサル企業での勤務を通じて長年学んできた膨大な知識に基づいているからこそ、新しい取り組みであっても大胆な意思決定ができるのであろう。
そんな行雄さんは、子供の頃から家業を継ぐ気持ちを明確に持っていたのだそうだ。
「小学校の時に親の会社を継ぐというのは決めてたんですよ。家業を継ぐためのキャリア設計という意味で小学生の頃に思い描いていた将来の姿として、大学を出てコンピューター関係の会社に勤めてから父の仕事を継ぎたい、というのを卒業文集に書いていたんです。」

しかし、行雄さんが家業に戻ってきてから程なくして新型コロナウイルスが猛威を振るいはじめた。飲食に関わるおだし香紡も少なからず影響を受け、思い切った変化を打ち出せるような状況ではなかった。
その後、しばらく会社が経営的に安定するのを待ってから様々な施策を実行に移すこととなった。しかし、怪我の功名と言えようか、コロナ禍で身動きが制限されていたからこそ純粋におだしと向き合い、じっくり知識や想いを深めることができたそうだ。
「昨年、商品パッケージを刷新したんですが、おだし香紡の想いをうまくデザインの節々に詰め込むことができたなと思ってるんです。同じことを家業に戻ってきた8年前にできたかというと、多分無理だっただろうと思います。」
家業に戻る直前、鰹節の老舗で半年ほど修行をしたものの、おだしの知識や経験は十分とは言えなかったのだそうだ。
「一から全部勉強して、いろいろ論文なども読んだりして…。海外の論文とかはとても勉強になるんですよ。味覚についての知識を蓄えることができました。」
また、家業に戻ってくる前に取り組んでいた勉強を通じて知り合った仲間たちとの人脈も大きな財産になっているのだそうだ。
「彼らとの飲み会の場では経営に関するアドバイスもたくさんいただくんです。皆さん、商品企画、マーケティング、製造など様々な仕事に携わっているので、視点も切り口もとても参考になるんです。コンサルタントから助言をいただいているようなものなので、とてもありがたいです。」
昨年刷新した商品パッケージのデザインも、この貴重な人脈によって巡り合った著名な書家やデザイナーの方々にお願いしたものなのだそうだ。
創業90年を超え、これから100年企業への道を歩んでいく㈲沼田とおだし香紡。過去に学んだ知識や築き上げたネットワークを余すことなく活用し、またそうなるように若い頃から綿密なキャリアプランを立てていた行雄さんの戦略的センスによって、確実にその歩みを前に進めていくことになるだろう。
将来の展望
おだし香紡を運営する㈲沼田として定めている企業理念がある。
「”日本の食文化を正しい知識とともに拡げること”です。単純に物を売るということのみに終始するのではなくて、ちゃんとおだしの伝統とか使い方といった正しい知識も一緒に広めていくことを理念として位置付けています。」
例えばおだしを作る職人の頭の中にあるものを聞き取って文面化する、それらを発信して次の世代に伝えていく、といったことに取り組んでいるのだそうだ。この企業理念に従って、一般顧客への小売事業を担うおだし香紡でも行動指針を定めている。
「おだし香紡では”おだしの魅力を発信しつづけること”を行動指針として定めています。おだし文化というものがだんだん縮小してきているというか、みんなおだしを取らなくなってきている時代なので、まずは日本人に自分の国の文化を思い出してもらいたいんです。次世代におだしを継承していくためにも、この指針に基づいて色々なことを意思決定しています。」
インバウンド対応や海外進出がもてはやされる時勢であるが、おだし香紡が最も大事にしているのは日本人が自国の文化であるおだしを見つめ直し、それを大切にしていくことだ。そんな企業理念、行動指針を持つおだし香紡が今目指しているものは何なのだろうか。
「私がここに戻ってきた時から、”日本一のだし専門店”を目指しているんです。」

野心的な目標と思われるかもしれないが、決して虚勢を張っている訳ではない。これまでも一歩一歩着実に目標に向けて前進している。
「最初の数年間で、”日本一の品揃え”という指標は達成できました。おだしに関する情報発信量も同業者の中ではかなり多い方だと思います。これからさらに認知度が上がって、世の中におだし香紡を認めていただけたらありがたいですね。」
さいごに
日本人として日本食に誇りや親しみを感じない人はいないだろう。おだし香紡はその文化の一端を担っているという自負とともに、大きな責任感を抱いて日々の仕事に取り組んでいることが行雄さんの言葉から重く伝わってくるインタビューであった。
今回の記事を読んで、さっそくおだしに興味を持っていただけたのであれば幸いである。おだし香紡の商品はネット通販でも便利に購入できるのだが、まずは店舗に足を運んでいただくことをおすすめしたい。おだしコンシェルジュをはじめとしたプロフェッショナルによる説明を聞けば聞くほど、その深い世界に引き込まれてしまうだろうし、商品そのもの以上の経験を得ることができるに違いない。
食や娯楽の選択肢も増え、コスパ、タイパといった利便性が重視される時代ではある。それでも、ときには時間をかけて本格的なおだしを取り、日本の食文化についてあらためて思いを巡らせるのも良いだろう。
■ 会社・店舗案内
おだし香紡
〒411-0030 静岡県三島市 西旭ヶ丘町4041-2
https://odashi-koubou.com/